手塚治虫の一生

ブラック・ジャック


 医療漫画の元祖であり金字塔とも言われている作品が、この手塚治虫の漫画『ブラック・ジャック』です。これは、その作品に登場する主人公である医師のニックネームでもあるので、実際の本名は違います。これは『週刊少年チャンピオン』(秋田書店)の昭和48年11月19日号(48号)から昭和53年9月18日号(39号)にかけて連載され、また昭和54年から昭和58年にかけて読切掲載がされました。特にこれは当時低迷していた手塚治虫の人気を再び取り戻した作品だと言われていて、これがなければ、手塚治虫は漫画の神様だと呼ばれなかったかもしれないなどと言われている程です。

漫画描こう!

ブラックジャックに纏わる逸話

 医療漫画の元祖として著名な作品ですが、連載当初は主人公の容姿や手術シーンに人間の血や内臓等が描かれる事から、当時流行であった恐怖マンガ的作品として扱われ、秋田書店の少年チャンピオンコミックスでは“恐怖コミックス”に分類されていました。事実、初期の作品中には恐怖感を煽るようなシーンや演出が散見されます。後に、チャンピオンコミックスの9巻から25巻の分類は“ヒューマンコミックス”に改められました。

 かつてはトップクラスの人気を誇った手塚も、昭和35年代の終盤になると少年漫画の分野では既に過去の漫画家と見なされるようになっており、大人漫画を描いたり、青年誌に進出する等自らの方向性を模索していました。経営していた虫プロダクションの破産もあって、少年漫画でのヒット作を生み出せず、手塚治虫はこの時期、最大の危機を迎えた状態でどこの雑誌社も使おうとしなかったとも言われています。

 当時の『週刊少年チャンピオン』編集長の壁村耐三が手塚の花道を飾ろうと、自誌に数回分の連載枠を用意したのが連載開始のきっかけと言われています。ただしこの通説に対して、当の壁村耐三は自分から持ちかけたのではなく、手塚自らが「これが最後」と持ち込んだ企画だったと説明しています。引退作品になる予定だったため、漫画家生活30周年記念作品として宣伝されました。読み切り形式にしたのは手塚治虫に限らず、当時の『週刊少年チャンピオン』の編集方針でありましたが、読み切りでないと手塚が流す回をやるためそれを防ぐためという話もありました。連載が開始されると読者の反応も良く、3週目で連載の続行が決定しました。『週刊少年マガジン』で連載した『三つ目がとおる』と同じく手塚治虫の少年漫画における昭和45年代の最大にして、少年漫画家としては最後のヒット作ですので、本作のヒットによる復帰がなければ、手塚治虫は国民的なマンガ家にならなかっただろうとも言われ、またこの作品によって現代まで続く「医療マンガ」のジャンルが形成されるきっかけになったのです。

当初は絶対的な反響があった訳ではなく、連載中は静かに人気を集めた。しかしたまたま休載となった回ではファンからの問い合わせが殺到し、編集部は「手塚治虫は終わって等いなかった」と改めて実感したといいます。

漫画家生活の締めくくりの意味で、過去の作品群の登場人物が随所に登場する手塚が従来より取っていたスターシステムの集大成となっていて、『鉄腕アトム』のアトム、『リボンの騎士』のサファイヤ、『ふしぎなメルモ』のメルモ等、他の手塚漫画の主役が本作では毎回のように患者やゲストキャラクターとして登場しました。特にヒゲオヤジは列車のスリ、車掌等出演が多いです。手塚治虫自身もBJの友人である医者や、架空の慢性シメキリ病により入院した本人そのままの漫画家として登場した事があります。テレビアニメでは『三つ目がとおる』の写楽や和登もレギュラー出演しました。

 当時の『ドカベン』『がきデカ』『マカロニほうれん荘』といったような超ヒット作には及ばなかったものの、10年間にわたり安定して読まれ、『週刊少年チャンピオン』の黄金時代を支えた。「人生という名のSL」で定期連載は終了しますが、その後も読み切りが『週刊少年チャンピオン』誌上で散発的に13本発表されました(最終作品は「オペの順番」)。当時の『チャンピオン』掲載作品のパロディも作中にも何度か出てきます。

 連載の終了は手塚の息子である手塚眞によると、誰にも立ち入りを許さなかった手塚の仕事部屋に担当編集者が無断で入ったことに怒った手塚が宣言したといいます。これとは別の訳として、ロボトミーの描写に関する抗議事件の後、医学的な整合性について指摘を受けて描きづらくなったことを生前の手塚が書き残しています。

 単行本は秋田書店の少年チャンピオン・コミックスにまとめられたのが最初で、その後も愛蔵版や手塚治虫漫画全集にも収められ、文庫版はミリオンセラーを達成し、平成6年から始まった平成2年代のマンガ文庫のブームの火付け役になりました。

 単行本は新書版・文庫版・ハードカバー等を含めた発行部数が日本国内で4564万部、全世界で1億7600万部に達しています。

 アメリカでは平成7年からVIZ社が発行した月刊漫画雑誌『MANGAVISION』に連載されました。

 実在の人物で登場するJ大学のS教授は、順天堂大学胸部外科元教授の鈴木章夫。アメリカで人工心肺の開発及び心肺疾患の治療に携わり、後、順天堂大学付属病院に心臓外科学教授として迎えられます。心臓外科のフロントランナーとして活躍しますが、マンガの執筆と時同じくします。このころの様子がJ大学のS教授で登場します。

医学の描写に関して

手塚は漫画執筆のため、医療関係者に治療方法について取材した事もありましたが、劇中で治療困難な症例として扱われているものが、実際には連載当時の医療技術でも治療可能な症例であるという指摘や、医学用語のミスが指摘されています。中でもロボトミーに関する描写では糾弾を受け、新聞に謝罪文を掲載、連載中止の話まで出た。

 手塚は医師免許を持ってはいたが、医学的知識は昭和20年代(昭和20年から昭和29年)にとどまっていて、外科医としての臨床経験がほとんどありませんでした。十分な検証をしない手塚の執筆態度を疑問視する声もありました(同時期に発表された医療漫画では、執筆時点での最新の知性を取り入れた『夜光虫』(柿沼宏・篠原とおる)等もある)。しかし中には当時には問題視されていたものの後に再評価された手術方法が書かれている話もあります。なお、手塚は上記の批判に対し「ブラック・ジャックは医療技術の紹介のために描いたのではなく、医師は患者の延命を行なうことが使命なのか、患者を延命させることでその患者を幸福にできるのか、等という医師のジレンマを描いた」としています。

なぞの男ブラックジャックについて

BJが無免許である訳

 劇中では明確に示されていません。

 執筆の背景には、『少年チャンピオン』編集部から劇画っぽさを要求された手塚が、黒マントや初期のニヒルな性格、残酷描写等劇画の影響を受けたキャラクター造形にしたことが指摘されています。かつての貸本劇画には黒マントをまとった殺し屋が定番でした。BJがアウトローになった訳は劇画を取り込んだからだというのです。

 しかし、長期連載になるにしたがい、無免許であることに訳が必須となって、より下の様な訳が付け加えられた。

肩書きやルールに価値を見出さない

 作中には「私はノーベル賞を取った人間なんかに興味はないんでね」「私は肩書きというものが苦手でね」「こんな立派な病院では、モグリの医者が作った資料なんか役に立ちませんよ」といったような台詞が散見されます。

医師免許を取り医師連盟に加盟すると、決められた料金しか請求できなくなる

 現実にはこのような事はありません。保険診療ならば規定された料金しか請求できないが、美容整形のような自由診療(保険外診療)のみで医療を行うならば、理論的には自由に治療費を設定することも可能です。ただ本作では自由診療等現実の医療制度の説明は省かれていて、ストーリーを明快にするために、あえてこの様に設定した確率も否定できません。

BJがあちこちで患者を脅迫して、世界医師会連盟に苦情が殺到しているため

 『獅子面病』では、「BJがあちこちで患者を脅迫して、世界医師会連盟に苦情が殺到しているので、医師免許を与える事は出来ない」と説明されていますが、『報復』では日本医師会連盟会長自らが自身の息子の手術の依頼をするため、BJに免許状を手渡しています。ただし、その直後、BJは渡された免許状を破り捨てているため、BJはその後も無免許のままでした。

医師免許取得のための面接に出席できなかった

 『ピノコ還る』で、特別に医師免許を交付される事になったが、失踪したピノコの捜索を優先したため、話は流れてしまいました。BJは大変落胆していて、本心では正規の医師に憧れていたことがうかがえます。

ただしこの時の医師免許は「世界医師連盟」からのものであって、日本医師連盟との軋轢が否定されたものではありません。

爆発事故のトラウマのため

 少年時代に遭った不発弾の爆発事故の際気胸を発症し、その苦痛がトラウマとなって同症の手術の際、メスを持つ手が痙攣を起こすという事がありました。手塚にそれを指摘された際、当人は「私がまともな免許が取れない訳が分かっただろう!」と発言しています。ただし、この症状は山田野教授の身を挺した治療により治っています。

団体に所属することを嫌う一匹狼的気質のため

 『おばあちゃん』にて甚大医師の名医、偏屈、一匹狼、がめつい所等を自分と似ていると評し、『一ひきのみの丘』では自然保護を行っていることを聞いた小学生時代の恩師が自分の所属する自然保護団体に寄付を申し出た際に「私は団体とか運動にかかわりたくないタチでね」との発言があります。

恩師、本間医師への医師会の扱いのため

 『本間血腫』にて、BJの恩師・本間丈太郎医師が患者を治すための新治療法を試し、そのことが生体実験ではないかとの非難を受け医師界を追放されたエピソードが語られます。このことから、BJは日本医師連盟に対し非難感情を持っていることがうかがわれます。

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高額の手術料金

 高額の手術料金を要求するのは、無免許であることと併せて、作品を面白くする為の設定と思われます。BJと言う名前から連想されるとして、異端児であるが独自の倫理観を持つという主人公の二面性をこの2点で表現しているといえます。

 義賊のように「金持ちには巨額な治療費を突きつけるが貧しい人には治療費を取らない」といったような事はなく、貧しい人が依頼者であっても容赦なく巨額な治療費を突きつけます。BJが要求する手術料は、相手の支払い能力の限界を呈示することが多くて、その額は数百万円から100億円より上にまで及び、ほとんどの場合元患者(金持ちの場合が良く見られる)は債務を背負い込む事になる(無論、支払いを拒む者もいる)。

 しかし一方で特に依頼者が貧乏な場合には「●月×日までに」といったような支払期限を設ける事は殆どありません。その訳は作中に語られる事はないが、恐らく患者の治療への意思の強さを試すためとみられています。また、依頼者が「一生かかってでも」と全部支払おうと努力する姿に「その言葉が聞きたかった」とつぶやいたり、かつて瀕死の重傷から過酷なリハビリをして復帰を目指していた当時の自分を重ね、普段は隠されている人間の精神的な強さ(底力)を信じたい気持ちが表れているともいえます。

 その一方、稀ではあるが「1000円に負けてやろう」と言って治療代がたった1000円になったり、「手術料の代わり」として風車を受け取る等治療費がタダ同然となる事もありますが、特に訳がある訳でなく、単なる気まぐれです。無論、内心の訳はあるのかもしれないが、上述の通り守銭奴を装うためにそれを隠し、気まぐれで治療費を負けているように振る舞っているのかもしれません。端的な例としては、3,000万円の小切手を紛失した患者の父親に対して、手術代の代わりとして無茶な詳細の契約書を作らせたが、その後わざと契約書を落として、警察に遺失物として届出した事があります。動物からは手術料を取る事はないが、「シャチの詩」の巻では診療所を設けて最初にBJのもとへやってきた患者のシャチのトリトンに対して「特別サービスで治療費は負けてやるぜ」と言っています。しかしトリトンは数日後、海から真珠をくわえてきて治療費代わりにBJに渡しています。

 さらに宇宙人に高額の手術料を請求したときには、「紙幣」の概念がうまく伝わらなかったため、見本として見せたドル札をそっくりそのままコピーされてしまい、全て同じ番号で汚れやシワまでも全く同じ紙幣だったのを気が付かずに手術料として受け取り、その後、紙幣偽造の疑いをかけられて投獄されてしまいます。紙幣を知らない悪気のない宇宙人の仕業だけに、これにはBJも苦笑するしかありませんでした。

受け取った金の使い道

治療費の使い道に関しては「無免許医は医療器具を正規ルートで買えないので必須経費が高くつくのではないか」との説があります。作中でBJは自分のメスを名高い刀匠に手入れしてもらっていて、それに対して数千万円の報酬を渡しています(刀匠はその紙幣を炉の燃料として使用)。さらに、ガラス製のメスや緊急手術の為の閉鎖型透明テント(絶縁体製で「ビニール場合」と呼ばれていてている)、明らかに技術が現代を上回っています。

手塚治虫の一生

不朽の名作//